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1996-1999 KOICHI SAKURAI (USA) 

1995年から1996年までアメリカを題材にしたART(ミクストイメディア)作品。最初に訪れたアメリカには今まで自分が守ろうとしてきた作品の概念を大きく見直されました。
とにかく表現とは何か?
スタイルを決めるのは自分ではなくオーディエンスが決めること・・・そんな事をアメリカから学んだような気がします。いろんなアメリカの顔を僕なりに作り上げる事によって、いろんな自分に出会ってきました。やはり旅は最高です。
1995年アメリカに行った僕は自由人でした。しかし、自由の中にある不自由さにも考えさせられた時でもありました。レコード盤の上に絵の具をのせて描く・・・絵画は自由です。そんな事を教えてくれた土地でした。そして、これからもいろんなことに挑戦する原動力になりました。
1995年から1996年までの作品は原色でアメリカを表現していました。そのことが後にデザイン作品やイラストレーションに結び付てくれたのだと思います。  

※個別の作品を見るには画像をクリックしてください。





1996-1999 KOICHI SAKURAI (india)


1996年から1999年まで櫻井幸一がインドを旅した時の作品になります。これらの作品は自らの著書でもある「3本足のアジアンソウル」の基になった体験も盛り込んだ絵画です。櫻井にとって大きな変化をもたらしてくれた作品です。ここに載せられている作品はたくさんのエキシビジョンにも出品した経歴があります。今となっては過去の作品ですが、意味のある作品であり、これからも意味を持ち続ける作品のテーマの一つです。「生」と「死」に直面したインド旅行はこれから先の櫻井の作品と活動に大きな変化をもたらしました。




2001-2002 KOICHI SAKURAI (in China)


1997年にも中国には旅をしているのですが、この作品は2001年のものになります。「万里の長城」 をテーマに描きました。リキテックス素材と墨{ India(n)ink, Chinese ink }の融合作品になります。 この作品は素材をテーマにして作りました。新聞紙をもちろんのこと、石膏を盛りあげ材に使ってみたり 、中国から持ち帰った廃材(瓶の蓋やお菓子のパッケージなどをふんだんに盛り込みました。中国は先進国に入りましたが、やはりそれとは裏腹に汚さも際立つ国です。アジアの空気を色濃く残す北京は、2008年オリンピック開催が決まり、いまや古い町 (路地裏)胡同(フートン) を開発の為に取り壊されています。これを絵に残そうと思ったのが2001年の作品です。次に訪れた時には中国の昔からの色は都市部では見られなくなるでしょう。 上海や北京には戦時中から残っている貴重な路地裏がたくさんありました。庶民の顔が生々しく、それでいて人間の本質を見せてくれたように思います。 1997年僕はここで日本の731部隊にひどいことをされた老人と出会い、歴史的事実を聞かせてくれることになる。731部隊・・・・僕は日本の教科書ではなく、中国人に始めてこのことを教えてもらいました。日本人として情けなくも思いました。現在の教科書問題、靖国問題、我々はもっと事実を知るべきだと思います。今の世代には知らされないことが、どれだけ異国に訪れた時に失礼なことなのか、 旅のあり方を考えさせられる国でした。(櫻井)








2000 KOICHI SAKURAI(sketch)


2000年に書き上げたNEWYORKのスケッチこの作品はボールペンで描かれています。ボールペンは消しゴムで消すことができませんだから面白いんです。1995年訪れたアメリカ生活でも、路上でボールペンのスケッチは何百と描いたのですが、路上で売れてしまったので、今は存在しませんが、それを原点回帰の意味でもう一度ニューヨークを描き上げました。櫻井の作品のほとんどのエスキス【 (フランス) esquisse】(下絵 スケッチ 画稿) はボールペンで行われています。








2003-2005 KOICHI SAKURAI (experimental)


文字通り実験的な試みの LIFE WORK作品です。これらの作品はボールペンと鉛筆によるドローイングに、紅茶や烏龍茶などを紙に染み込ませ、陰影をつけたり、書道などで使う墨を使ってかきあげています。このときから、絵画作品に何か日本的な素材を使用したくなってきたのです。日本人が西洋の絵を油絵描くことが、なんだか西洋かぶれに思えてきたんです。この先2005年以降の作品からは西洋や日本を墨を利用して描いていく作風 が多くなっています。作品4 裸婦#1は学生時代に描いたもの、 作品5 裸婦(irony)#1 学生時代に授業で描いた素描に、新たに新聞を貼り付けたりお茶をかけたりして、つまらない作品を再生しました。学生の時から実験的な事を良くやっておりました。 (櫻井)